脱サラからの挑戦
私は元々物も作ったことないし、営業もしたことがない、福祉のことも知らない、普通のコンピュータを扱うサラリーマンでした。ただ、障がい者の弟がいました。子供の頃は、弟の車椅子を押して原っぱなどに遊びに行ったものです。原っぱに行くと車椅子はほとんど動かなくなる。ですから前輪を高く持ち上げて、大きなタイヤだけで動き回る技を使っては弟を楽しませたものです。残念ながら弟は中学生にして夭逝しました。体が弱かったのです。その後は、何十年も車椅子とは全く縁のない生活をしていました。車椅子は16世紀に発明され19世紀には一般に普及し始めましたが、その後150年間、形はほとんど変わっておりません。大きなタイヤが二つ後ろにあって小さなタイヤが前に二つある。座った状態で人間の大きな体を支え、じっと動かないでいられるようにするにはこの方法が一番適しているからです。しかし、前輪が小さいため段差などは乗り越えることができない。タイヤが大きければ段差も乗り越えられるのですが、安定性を重視するため走破性を犠牲にせざるをえないのです。
地域活性化に障がい者を呼び込みたい
サラリーマンになって、コンピュータの仕事に携わっていたころ、長野県の上高地を活性化させるプロジェクトを任せていただいたことがあります。コンピュータとは全く関係がない仕事でしたが、もともと好事家でもあり、挑戦してみることに。その時考えたのが、ここに来たくても来れない人にこそ、この素晴らしい自然を楽しんでほしいということ。その時に思いついたのが障がい者や高齢者の方々です。障がい者や高齢者が来てくれれば介助の方も数人付いてきてくれます。経済効果も少なくない。ただしバリアフリーどころか、健常者でも大変な山道ですから、普通の車椅子では通れるはずがない。世界中のあらゆる車椅子を物色しましたが、タイヤが太いタイプがあるくらいで山道を登れるようなものはありませんでした。それで、前輪を持ち上げたまま動かすことができるような商品を開発できないかと考えたわけです。
東日本大震災での決意
ただ、私は物も作ったことなど一度もないし、販売したこともない。結局、諦めざるを得ませんでした。ちょうどその時に発生したのが東日本大震災です。犠牲になられた方の中には障がい者の方も多かったと聞き胸を痛めました。もし、車椅子を手軽に牽引できる装置があれば多くの命を救えるかもしれない。そう思ったとき、全てを投げ出してでも、これまで認めてきた車椅子の避難補助装置を本気で開発しよと覚悟を決めました。単純かと思われるかもしれませんが、人力車と同じように、車いすに棒を取り付け、テコの原理で先を持ち上げ引っ張ればいいと考えました。意外に思われるかもしれませんが、それまで世界中にこのような商品はありませんでした。脱サラをして家を売ってそれを原資に開発に取り掛かりました。立ちはだかった壁は数えきれないほどあります。
ビニールハウスのフレームで試作
一号機は、ホームセンターでビニールハウスのフレームを買ってきて、これを手で曲げて、無理やりネジで車椅子に取り付けたものです。商品と呼べるようなものではありませんでしたが、これをつけて車椅子を雪の中で動かしたら動いたんです。自分の考え方は間違ってない、と感じました。その後改良を重ねましたが、最も難しかったのは、車椅子のメーカーによって、取り付け先のキャスター部分のフレームの太さや形・角度が異なるということでした。太さが違うため、メーカーによっては取り付けてもスカスカだったり、固定が十分でなかったり。ここは重要な点で、私がこだわったのは安全第一ということです。どんな便利な商品でも安全性が損なわれては本末転倒です。したがって、いろんな太さのフレームの太さでも確実に固定ができる方法を試行錯誤の上で開発しました。
数年の年月の末、ようやく今の形にたどり着いたわけですが、最初から売れたわけではありません。車椅子メーカーにもっていけば、「いい製品ですね、うちだけの車椅子で使えるようにしてください」と言われる。あらゆる車椅子に使えるようなコンセプトはなかなか受け入れてもらえませんでした。ただ、なけなしの金を使って病院関係の展示会に出展すると、多くの列ができたんです。この時、売れるはずだと確信しました。その後自治体の訓練などにも参加させてもらい、車椅子の避難に実際に使ってもらいました。これまで避難できなかった障がい者が健常者と同じタイムで山頂まで避難することができました。ある障がい者のご家族の方が、私の手を握って「あなたは私たち家族の恩人です」と涙ながらに話してくれました。ここからが新たなスタートだと感じました。その後、消火器メーカーが販売を支援してくれることになりました。消火器メーカーは、医療・福祉施設などでにも営業に行かれるので、その際、一緒にPRをしていただき、現在では多くの障がい者施設にもJINRIKIを導入してもらっています。
障がい者が生活しやすくするバリアフリーは大切なことは間違いありませんが、私は、段差でも障がい者が動けるようにするバリアーパスの概念が必要だと思います。災害時だけでなく、平時からさまざまな場所に自由に障碍者がいける社会になればと願っています(談)。